ランニングに関するあれこれ。 - Issue #22
私がコーチングしている方々に、毎週の振り返りや今後のステップをまとめたメールをお送りしています。その中で、毎回一つ、ランニングに関するトピックを取り上げています。この「ランニングに関するあれこれ」は、過去に取り上げたトピックからピックアップしたものです。
また、このシリーズとは別に「エンデュランススポーツの科学と実践 - ウルトラランニングの事例で探る」という有料記事も始めました。こちらでは、事例と科学的見地をもとに、具体的な実践方法について深く掘り下げていますので、興味のある方はあわせてご覧ください。
今回のトピックは「平地と傾斜におけるランニング効率とエネルギーコストの比較」についてです。
平地におけるエリートランナーのランニング効率に関しては、接地時間が短いほうがエネルギーコストが低くなる傾向があると考えられています。これは、接地時間が短いほどランニングの動作が素早く効率的に行われ、無駄なエネルギーの消費を抑えられるためです。多くの研究でも、エリートランナーは接地時間が短く、空中時間が長いことで、エネルギー効率が向上していることが示されています。
エリートランナーは筋肉の力や神経系の調整が優れており、地面に素早く反発力を与えつつも、必要最小限の接地時間で推進力を生み出すことができます。このため、接地時間が短いほど、エネルギーコストが低くなるという傾向が見られます。
では、傾斜がある場合はどうでしょうか。これについてトレッドミルを用いて調べた研究があります。
この研究では、下り坂、平地、上り坂でのランニング時のエネルギーコストとランニングメカニクスの関係を調べました。19名のアスリートがトレッドミル上で4つの実験を行いました。1つは、運動強度を段階的に上げていき、最大の力を発揮できるところまで行うテストで、残りの3つはランダムに傾斜を変更した状態で、一定速度(時速10 km)で走るものでした。実験中には、ランニングが安定した状態(心拍数や呼吸が落ち着いた状態)になった後に、ガス交換、心拍数、地面反力が測定されました。
主な発見として、上り坂でのランニングでは、接地時間、地面に足が触れている時間の割合(デューティファクター)、および推進力を生み出すために必要な力が、エネルギーコストに関係していることがわかりました。特に、接地時間が長いランナーは、より少ないエネルギーで効率よく走れることが確認されました。
一方、平地や下り坂では、力学的な要素とエネルギーコストの間に顕著な関連性は見られませんでした。ただし、下り坂では筋肉がブレーキをかける役割を果たし、地面に引き戻される力(重力)に対抗して体を制御します。このとき、筋肉が「エキセントリックな収縮」と呼ばれる働きをします。これは筋肉が伸びながら力を発揮する状態で、例えば坂を下る際に足が地面に着いたとき、筋肉が体重を支えつつ少し引き伸ばされるような動作です。これにより、エネルギー消費が少なくなります。
さらに、下り坂ではエネルギーコストがU字型のパターンを示し、傾斜が10〜20%の間で最も低いエネルギーコストを記録しました。つまり、傾斜が少なすぎても急すぎてもエネルギー消費が高まり、この範囲内が最も効率的であることが示されました。
上り坂では、推進力を生み出すための仕事量がエネルギーコストに関連していることが示されました。上り坂では重心を上げるために必要な力が増し、これがエネルギーコストの増加につながっています。一方、下り坂ではエネルギーコストと仕事量の関連性は見られませんでした。
効率的なランナーは、上り坂では接地時間が長く、ステップも大きいことが観察されました。しかし、平地や下り坂では、効率的なランナーと非効率的なランナーの間に大きな違いは見られませんでした。このことから、上り坂でのランニング効率を向上させるためには、特定のランニングパターンへの適応が重要であることが示唆されました。
また、過去の研究では下り坂では接地時間やステップの長さがエネルギーコストに影響を与えるという結果が出ていましたが、今回の研究では明確な関連は見られませんでした。これは、参加者の個々の特徴や実験デザインの違いに起因する可能性があります。
結論として、この研究は、傾斜に応じたランニングメカニクスとエネルギーコストの関係を明らかにし、特に上り坂では、接地時間を長く保ち、ステップの長さを最適化することがエネルギー効率を向上させるために有効であることを示しています。